<< 2006年08月
123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031

「蟻の兵隊」演出過剰の脇からするりと抜け落ちる本質

2006/08/27 23:28

 

元兵士復員後の思想、あるいは「靖国神社」「天皇」への思いについて、「大東亜」戦争がすでに神話のかなたで霧かすむようになってしまっているわれわれに果たして言及する資格はあるのだろうか。

私の大叔父はガタルカナルから生還することが、できた。大叔父はそのときの話を生涯、自ら語ることがなかった。また、靖国神社へ参拝することもなかった。「生きて帰ってしまったんだから、死んで戻っている戦友と顔をあわすことはできない。俺は死んでからいく。いれてもらえなくてもいく。そうでないと」と大叔父は私の母に語ったそうだ。あるいは私はもう亡くなった叔父が「俺は中国戦線でひどいことをしたんだよ」とぽつりと語るのを聞いたことがある。叔父の痩せた肩をみて、私にできるのはそのままそこを立ち去ること、それだけだった。石原豪人は中国奥地の戦線に参加していたが、除隊後自軍である関東軍に襲われ、あやうく殺されそうになるところだったそうだ。

そうした体験を見聞きするたびに、私の中では砂をかむ思いが広がる。そしてこの映画には、日本陸軍により国民党軍へ「売り渡され」、「蟻のように」ただ黙々と戦闘を続け、ようやく帰国したところ、軍籍を剥奪されていた男が、自己の存在をかけて日本政府と「戦闘を続ける」物語である。彼の戦後は終わらない。私は戦後がまだ着実に生き抜き、現在進行形で「戦争」が続いていることを知る。そして「選んだ」「選ばざるをえなかった」男たちの間に横たわる深いようにみえて、実際のところはコインの両面のような、それぞれの「戦後」を目の当たりにするのだ。

しかしこの映画は「感動」へも「共感」へも、あるいは「総括」へもたどり着くことはできていないように見える。それはなぜだろうか?

映画は、主人公である奥村和一氏が靖国神社を来訪する場面から始まる。そして「過剰」かつ「増長」な演出も同じく開始早々からスタートする。

奥村和一氏は「靖国神社なんて欺瞞だ」と斬って捨てる。僭越なのは重々承知だが、私には、彼がそう考えざるをない気持ちがわかるような気がする。国家というものに裏切られ磨耗させられてしまえば、その国家へ組み込まれることなど、どうして承服できるのだろうか。だがこれを冒頭にもってくる意味は監督だけが見出しているように、私には思える。続いて初詣に来ている近所の女子高生?へ奥村氏は語りかける。女子高生はここがなにを祀っているのかは知らない、と答える。奥村氏は淡々とその意味をかたる。女子高生はわかったようなわからないような顔をして友達と焼きそばを食べ続ける。ここに戦後60年の流れを見出すことは容易いだろう。だがここにも監督は「顔」をのぞかせる。“このおじいさんはねぇすごいんだよ、終戦後も中国で戦って云々”。私は申し訳ないが奥村氏の人生を「すごい」の一言で切り捨てるようなことは絶対にできない。なにをもってすごいというのだろうか。どことなく賞賛しているような口調には、ただ監督の思考停止を見出せるだけだ。

奥村氏ら元山西省残留日本兵の有志は、ついに日本政府を相手に「あくまでも中国へ残留したのは上官命令によるものである」と軍人恩給を支給するように提訴をする。裁判はしかし棄却上告却下という道をたどる。国家は彼らの人生を奪い、また彼らが尊厳を再び取り戻そうとする戦いにおいても省みることはない。奥村氏は決定的資料を求めに中国へと旅立つ。(ように見えたがどうもこれも演出で、奥村氏はもうすでに中国である程度の資料を得られていることがこの後わかる)奥村氏は決意する――中国で、初年兵として彼が行った“肝試し”と呼ばれた捕虜虐殺、その事実に、向き合おうと。

ここで奥村氏が自身の内奥へと「地獄めぐりのたび」が始まるかと思いきやそうではない。いや奥村氏は少なくても真剣に自己を見詰めようとするが、またもや顔をだすのは「監督」自身である。中国のテレビ局?から奥村氏がインタビューを受けているような場面になる。突如中国側通訳が「奥村さん!もういいよ!」そして監督が割って入る。“あわてて”まるでドラマの一場面のように自分の時計を彼に見せながら「奥村さん!帰りましょう!こんな時間だし!」。ここで印象的なのはインタビュアーである中国人女性の冷静なまなざしだ。彼女はそこでなにをみつめ、また感じたのだろう。おまけになんのつもりかご丁寧に「巣からでてくる蟻」を何度も画面上に登場させる。エイゼンシュタインが墓場から蘇ってきたかのような編集で、果たして観客になにを感じてほしいのだろうか。いっそのこと字幕でもだせばいいのに。

これは国家によって擂り潰された人間が、その生涯をかけて行っている「聖戦」なのだ。こんな映画としての演出、編集は、奥村氏らの「尊厳を取り戻す戦い」になんら利することはないのではないか。そしてそれは中国共産党により拘引された原告団の、戦争犯罪の告白書を入手し、日本へコピーを持ち帰り、執筆者本人へ手渡す場面で最高潮に達する。延安レポートによれば、それは中国共産党の行った一種のプロパガンダであるといわれている(ように思うがいま手元に前掲書がないので詳細に引用できず。齟齬があればご容赦を)が、そういう性質のものを持ち帰る意味が私にはわからない。(映画の中でも“書かされた”という態度を示す方も登場する)ここにも監督や製作者側による「ある種の意図」が見受けられる。その意図はクライマックスともいえる、終戦記念日における靖国神社での奥村氏と小野田寛郎氏の「対決」で顕著になるが、なぜかここで監督は、奥村氏に「小野田さん、侵略戦争を認めるんですか?」との呼びかけ(とそれに対する小野田氏の「終戦の詔書を読みなさい!」という一喝)で終わらせている。こここそ、もっと突き詰めるべきところではないのか。奥村氏しかそれはできないのだから。もっと小野田氏と徹底的に話し合うか追いかけるか、きちんと向かい合ってこそ、コインの両面のような二人の戦後――それによって炙り出されることこそ、戦争が「神話」となってしまったわれわれ個々人へ迫りくる「あの戦争への総括」であり、戦後日本人の「本質」へと軍刀を突きつけることになるのではないか。原一男的アプローチ――煽って煽って焚きつけて突き放す――がいいとはいわないが、だがしかし、やるべきときはある、と私は思う。

慰安婦との和解めいた場面よりも、私に深く突き刺さったのは、共闘したたくさんの戦友を失った中国山西省のある砦を奥村氏が一人でたずねる場面だ。奥村氏はいとおしむように積み上げた一つ一つの煉瓦を丁寧に撫で、そして告げる。じゃあいくよ、またくるから。現実が神に演出されドラマとなる、とは根本敬氏の言葉だが、この場面には、確かに神が息づいていた。この呼吸音をなぜ映画の中へ根付かせることができなかったのか、と私は考えていた。

この映画は一見するといわゆる「左翼的」映画である。だが私はヒダリだミギだという視点からこの映画を批判しているわけではない。おおよそ優れた映画においてミギだのヒダリだのといったみみっちい論議はまったく無意味だ。

たとえば、黒澤明の社会派映画の一群において彼や橋本忍の問題意識がどのような地点に立脚していようとも、そしてそれが明確であろうとも否応なく物語の渦中へと観客は引きずりこまれるわけだし、小川紳介がどっかりと腰をすえて「現象」と密着したりまた今村昌平や原一男において顕著な対象物への偏執狂的な固着といったことが、いつのまにかそうした対象物、個へのこだわりを超えたもっと大きな枠――それは人間の本質とはなにか?という人類の命題といえるものだが――へシフトせざるをえなくなっていく。そうした映画に共通する“欠くべからざるなにか”をこの作品は見事なまでに欠落させている、といえる。

「ヨコハマメリー」という作品において、対象者を冷酷に見つめる俯瞰の目を維持しつつも、だからといって突き放すわけでもないある種の「いまここ」の視点を獲得することができたことを思えば、このNHKドキュメンタリー出身監督の、いかにあざといことか。また“撮影する”という行為が主人公が告発する側の人間――それはとどのつまり無自覚に戦後を生きるすべての人々となってしまうのだが――にとってどれほどの「暴力」なのかについて、言葉の本来的な意味で監督は確信犯である。自分の立ち位置を疑わないのなら、偶然が偶然をよび偶然の力をたくさん引き出すという「現実が神に演出されドラマとなる」こととは、どうしても無縁となってしまうのだろう。映画におけるリアリティがしばしば虚構の中で捉えられた現実からくるものであるのと同断に、ドキュメンタリーという「現実」にもぐりこませた「演出」という名の「虚構」は、映画で起きている「いまここ」をも「虚構」に変えてしまう「劇薬」なのだ。

結局、そうしたことからこの作品の主題として浮かび上がったのは、撮影対象者への「不用意」すぎる「過剰な思い入れ」であり、奥村氏側に“たちすぎて”しまっているがゆえに、この映画は本質論まで到達することがなく、ミギの人間から言わせると「プロパガンダ目的の自虐映画」、ヒダリから冷徹に「問題に迫りきれずセンチメンタリズムへ逸脱した」と宣告される恐れ大となってしまっているようだ。着眼点題材ともに挑みがいのある内容であり、そういう意味でこの映画はあの「ゆきゆきて、神軍」と双璧をなすような巨大な作品へと変貌を遂げることができたはずだったが、むざむざと綱渡りから落下してしまった、という印象を拭い去ることができない、非常に残念な結果となってしまっている。対象者へ寄り添いながらも俯瞰の目を維持することができていれば、あるいは私のこの映画への評価が、もっと異なったものになっただろう。

ウヨクサヨクの色眼鏡を丁寧に一枚一枚とりのぞいていけば、現れるのは「自己」の「尊厳」を取り戻そうとする、一人の真摯なありようなのである。それは100人切り訴訟の原告と本質的な部分で同一であり、また「われわれ」の抱える「戦後」「戦争責任」への思いとも密接にリンクしてくる。過剰な演出はその本質への到達を、門を閉めるように塞いでいく作業にほか、ならない。

カテゴリ: エンタメ  > 映画    フォルダ: エンタメレビュー

コメント(2)  |  トラックバック(10)

 
 
このブログエントリのトラックバック用URL:

http://pussycat.iza.ne.jp/blog/trackback/30769

コメント(2)

コメントを書く場合はログインしてください。

 

2006/09/16 23:45

Commented by kemukemu さん

はじめまして。
大道芸観覧レポートという写真ブログをつくっています。
ときどき寄ってみてください。
蟻の兵隊をとりあげました。

http://blogs.yahoo.co.jp/kemukemu23611

 
 

2006/09/17 11:48

Commented by 瑠璃子 さん

kemukemuさま
はじめまして。ようこそお越しくださいました。
こちらにもコメントありがとうございます。
蟻の兵隊、どうにも全国的な(ホテルルワンダのような)盛り上がりがなくて、それもひとえに映画自体に問題があるからかな、と思っております。
またいらしてください。私も伺います。

 
 
トラックバック(10)

2006/10/09 22:43

蟻の兵隊 生き証人が生き証人を追う重みと勇気 [もっきぃの映画館でみよう]

 

タイトル:蟻の兵隊(池谷薫監督) ジャンル:ドキュメンタリー/2005年/101分 映画館:第七芸術劇場(96席) 鑑賞日時:2005年9月24日 60人 私の満足度:80%  オススメ度:100%この作品が多くの人に鑑賞されることを望…

 

2006/09/29 14:06

蟻の兵隊 [『じゃあ映画を見に行こう』]

 

「蟻の兵隊」(2006) 戦争問題を残留兵の視点からとらえたドキュメンタリー。早々に映画館に行ってチケットを買ったから良かったものの、観客は年輩の方が大半を占め、満員状態。しかし不思議なことに立ち見はいない…

 

2006/09/21 21:49

『蟻の兵隊』 [京の昼寝〜♪]

 

第2次世界大戦後も中国に残留し、中国の内戦を戦った日本人2,600人もの日本軍部隊があった。 奥村和一・80歳、人生最後の闘いに挑む &nbsp; &nbsp; ■監督 池谷薫■キャスト 奥村和一、金子傳、村山…

 

2006/09/11 22:48

『蟻の兵隊』 [映像と音は言葉にできないけれど]

 

最近ドキュメンタリーを観に映画館へ足を運ぶことが多くなっています。最近の世の中の吹っ切れない気持ちに対する回答を得たいと言うのが率直な気持ちです。

 

2006/09/04 23:13

『蟻の兵隊』 [シネマトカピクニック]

 

この国において被害者であり、 彼の国において加害者である。 その両義から眼を逸らさないということの過酷さと力強さ。 終戦後も上官命令で中国に残り内戦を戦う事になった日本兵。捕虜生活を終え、日本に帰ってき…

 

2006/09/04 08:51

「蟻の兵隊」観客の平均年齢激高 [冷たい走り]

 

 生まれて初めて映画館で寝てしまいました(数分間だけですが)。観る映画を間違えたようですね。

 

2006/08/31 06:56

蟻の兵隊 [Pocket Warmer]

 

邦題:蟻の兵隊 監督:池谷薫 出演:奥村和一、金子博、村山隼人、藤田博、百々和

 

2006/08/30 21:58

『蟻の兵隊』見てきました [毎日が映画記念日]

 

過去記事で紹介したこの映画。やっと見てまいりました。

 

2006/08/29 16:30

「蟻の兵隊」 [天にいたる波も一滴の露より成れリ]

 

渋谷イメージフォーラムにて、映画「蟻と兵隊」を見る。 奥村和一という一人の老人が、日本敗戦後も軍の司令官の命令により中国に残留、共産軍との戦闘に突入した国民軍に参加し、その後捕虜となって1949年に日本に…

 

2006/08/28 09:57

「蟻の兵隊」レビュー [映画レビュー トラックバックセン…]

 

「蟻の兵隊」についてのレビューをトラックバックで募集しています。 *監督:池谷薫 感想・評価・批評 等、レビューを含む記事・ブログからのトラックバックをお待ちしています。お気軽にご参加下さい(